食の歳時記|冬
治部煮
加賀料理の定番といえる逸品
加賀料理を供する料亭や割烹などでよく出てくる一品が治部(治部煮)である。江戸時代初期の料理書にはすでにその名が登場し、「じぶじぶ」と煮込む時の音からその名がついたとされる説(しかし、その当時のものは「ごった煮」のような料理で今の治部煮とは違っていたという説もある)や、豊臣秀吉の兵糧奉行だった岡野治部右衛門が朝鮮から伝えた説のほか、鴨肉に粉(小麦粉または片栗粉)をまぶすという郷土料理ではあまりない調理法から南蛮渡来の説やフランス料理の「ジビエ」からついたなどがあるが、明確な記述が残っていないため推測の域を出ない。
治部は、薄手で口が広く底が浅い治部椀という専用の器で供される。椀に盛り付ける時、鴨肉の内部は60℃くらいで完全に火が通っていない状態にしておいて、汁をはってふたをして客席に並べて、食べようとする頃、たんぱく質が固くならず、おいしくいただける70℃を超える温度になるように計算されている。「鍋八分、椀二分」ともいわれ、これは、素材のうまみを引き出す調理法として近年注目される「余熱調理法」そのもの。それが古くから治部椀の中で行われていたことに加賀料理の奥深さを感じる。
治部煮に使われる肉は一般的には真鴨を使う。すだれ麩も忘れてはいけない。ほかには椎茸や季節の野菜が入り、仕上げに天もりのワサビがのる。鴨の代わりとして、かつてツグミ(現在は禁鳥)を叩いた団子を使う店もあった。今は鶏肉やマガキで代用することもある。
ちなみに「加賀料理」と聞くと、加賀百万石の豪華なお殿様料理を想像するかもしれないが、この治部をはじめ料理自体は素朴で庶民的なものが多い。それを九谷焼や蒔絵を施した漆器などに盛り付けることで、豪華な雰囲気をかもし出す。
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市内料亭・割烹など